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神戸地方裁判所 昭和36年(わ)1954号 判決

被告人 庄司博昭

昭一二・七・一〇生 無職

主文

被告人を懲役弐年六月に処する。

未決勾留日数中参拾日を右刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三六年一一月六日午後三時三〇分頃、神戸市葺合区神戸新聞会館前路上において、同会館から出てきた洋裁業乾智江(当時三五年)を認め、初対面の同女に声をかけて、同市生田区三宮センター街喫茶店「G線」に誘い、更に渋る同女を説得して同区内所在の諏訪山公園に連行し、被告人との同行を拒み帰宅しようとする同女に対し、執拗にその身辺につきまとつて三宮の喫茶店「パウリスター」での再会を承諾させ、同日午後六時頃右喫茶店で会い、更に同市生田区下山手通二丁目三〇番地の一〇所在スタンドバー「シンテイ」に誘つて飲酒し、その後同日午後七時三〇分過頃同市兵庫区東山町三丁目三〇番地の二「東山旅館」こと清水ハルヱ方二階四畳半の間に、被告人が乾智江に対し振舞つた態度につき謝罪する旨申し向けて同女を連れ込み、対座して対話中、強いて同女を姦淫しようと考え、同女が被告人を警戒して部屋出入口の障子を開けているのに拘らずこれを締め、同女の傍に寄添つたところ、同女が約束が違うといつて立ち上がるや、同女の肩を突いて仰向けに押し倒し、右手で同女の口を塞ぎ、左手で同女の肩を押えて、その身体を強圧する等の暴行を加え、その反抗を抑圧して、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が抵抗し、機をみて部屋から飛び出したためその目的を遂げず、

第二、判示第一の犯行後、右姦淫の目的を遂げられなかつたことに立腹し、約三~四〇分間に亘り、右東山旅館の周辺を被告人から逃がれようとする乾智江につきまとい、同日午後八時三〇分頃、同区会下山町一丁目四七番地後藤さかゑ方前路上及びその附近において、同女に対し凄味をきかせて、「いいかよく聞け、わしを怒らしたらどんなことになるか知つとるか、おとなしくいうことを聞け、聞かなければ殺してやる、お前の店や兄弟もめちやめちやにしてやる。生娘じやあるまいしさせろ、ちびる訳じやなしわしを抱け、抱けないのなら二万円出せ、一一月二〇日正午パウリスターに持つて来い」等と申し向けて脅迫し、同女を畏怖させて右金員の交付を約諾させたが、同月二〇日同女の届出により、前記喫茶店に張込み中の警察官に逮捕されたためその目的を遂げず、

第三、昭和三四年七月五日午後三時頃、岡山県真庭郡落合町大字西原六三番地金田病院看護婦詰所前廊下において、入院患者鷲須久夫(当時三八年)と同人の眼鏡を掛けようとしたことから口論となつた挙句、同人の睾丸を強く掴み、更にその顔面を手拳で一回殴打し、よつて同人に加療約六日間を要する上口唇部挫傷の傷害を与え

たものである。

(証拠の標目)(略)

(強姦致傷罪の公訴事実につき強姦未遂罪を認めた理由)

検察官は被告人の判示第一の事実につき強姦致傷罪を構成すると主張するので考えるに、元来刑法上の傷害は医学上のそれと必ずしも一致するものではなく、刑法上の傷害は一般に人体の生活機能に障碍を与え、その健康状態を不良に変更することをいゝ、人の健康状態を不良に変更する以上はその程度が軽微であつても刑法上の傷害でないとは断定できない。反面、医学上の創傷乃至病変といへども刑法上の概念及び社会通念に照らして、本人が自覚しない程度の発赤、腫張等何らの治療手段を施さなくても、短時間に自然に快癒するが如き一般日常生活において看過される極めて軽微な創傷は刑法上の傷害と解することは相当でない。

而して右は傷害罪における傷害のみならず、強姦致傷罪、強盗致傷罪における傷害についても同様で、傷害罪における傷害と強姦致傷罪その他刑法上の致傷罪との間に、傷害の意義について何らの差異を認むべきではない。

いま本件についてこれを見るに、医師澄川竜裕作成の診断書、証人乾智江、同澄川竜裕の当公判廷における各供述を総合すると、被害者乾智江が判示第一記載の東山旅館における被告人の行為により左頸部皮内出血を起しているが、これは被告人が乾智江の左頸部に接吻した結果発生したもので、所謂「キツスマーク」であることが認められる。

然も乾智江は受傷二日后に右澄川医師の診断を受けたもので、これも警察官の要請に基いてしたことがうかゞえるのみならず、右診断に際しては乾智江は澄川医師に対し何らの痛みを申出た事実もなく、右澄川竜裕の証言によつても右皮内出血は腫張もなく、自然に快癒する極めて軽微のものであり、乾智江は受診当日は勿論その后においても何等治療手当を受けていないことが認められ、被害者乾智江の日常生活において殆んど支障をきたさなかつたことが明らかであるので、右の程度をもつて人の健康状態を不良に変更したものと解することはできない。即ち乾智江の受けた前記皮内出血は刑法上の傷害にあたらないといはなければならない。

よつて、判示第一の被告人の所為については強姦致傷を排斥し、強姦未遂罪を以て問擬した次第である。

(法令の適用)

法律にてらすと、被告人の判示第一の所為は刑法第一七九条、第一七七条前段に、判示第二の所為は同法第二五〇条、第二四九条第一項に、判示第三の所為は同法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に各該当するところ、判示第三の罪につき所定刑中懲役刑を選択すべく、以上の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条、第一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に、同法第一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期範囲内で被告人を懲役弐年六月に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数のうち参拾日を右刑に算入すべく、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部被告人にこれを負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 福地寿三 上田次郎 松尾俊一)

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